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東京高等裁判所 昭和27年(ラ)47号 決定 1952年5月26日

抗告人 川和田四郎

訴訟代理人 大谷政雄

主文

原決定を取り消す。

本件を水戸家庭裁判所に差し戻す。

理由

抗告人が抗告の理由として主張するところは、次のとおりである。

(一)原裁判所が遺言書の内容について調査し、これを無効と判断して抗告人の申立を却下したのは、当事者の申し立てない事項を審判したものであり、家庭裁判所の審判の性質を誤解し、その権限を逸脱した違法の審判である。

(二)仮に然らずとするも、本件遺言は有効である。(イ)遺言書第三項に「書換ナリシテ」とあるのを原審は「書換ナクシテ」と誤読して遺言書の解釈をあやまつた。遺言書第三項と第四項とを合わせ考えれば、遺言書を書き換えない間に遺言者川和田[吉吉]男が死亡するときは、遺言に変更がないと解釈すべきである。(ロ)遺言者が一旦藤沢きくに預けた印顆を取り戻したのは遺言を取り消すためではなく、用のある時に印顆を遠路とりに行くのが不便だからであつた。(ハ)遺言書の保管者藤沢きくが遺言者よりも早く死亡したことによつて、遺言が無効になる理由がない。(ニ)仮に遺言書第一項が無効となつたとしても、同第四項に「本書ヲ書換ヘザル以前ニ拙者死亡ノ時ハ家具及布団及家屋内ニアル物品比早代所有品以外ノ物ハ川和田四郎ノ所持トス可キ事ヲ指定ス」とあることから見ても、遺言書の書換が行われなかつた本件において同第四項が無効である理由がない。

右抗告の理由に対する当裁判所の判断は、次のとおりである。

一体、遺言執行者の選任審判事件において、執行を求める遺言が、遺言の方式に違反した遺言であるとか、後の遺言によつて取り消されたものであるとか、その無効なことが一見明らかである場合には、結局執行すべき遺言が存在しない場合と同様であるから家庭裁判所が遺言の無効なことを理由として遺言執行者の選任の申立を却下することは妨げないところであるけれども、遺言の効力が実体的審理をまつてはじめて決せられるような場合には、家庭裁判所の遺言執行者選任の審判手続において遺言の効力について審判して遺言執行者選任の許否を決することは相当でない。けだしこのことは右許否の審判は当該遺言の有効無効につき確定力を有するものでないばかりでなく遺言者が遺言で遺言執行者を指定している場合と思いくらぶれば、了解がゆくであろう。それ故遺言が取り消されないで存在し、しかもその形式上一応有効と認められるような場合には、家庭裁判所はよろしく遺言執行者を選任し、遺言の効力に関する争はこれを通常訴訟手続にゆだね、利害関係人をして十分に攻撃防禦をつくさしめたる後判決裁判所をしてこれを決せしめるのが相当であろう。

今本件の遺言書を見るに、亡川和田[吉吉]男作成名義藤沢きく宛の遺言証書と題する書面は、自筆証書の方式による遺言としてその形式に欠くるところはない。原審は右遺言書の内容によれば、右遺言者の死亡当時遺言者の実子出生せず、かつ藤沢きくが生存し、遺言者の実印を保管して居ることを前提としてなされたものと解し、遺言者死亡の時においては右前提を欠くに至つたため遺言はその効力を生じないものと判断しているけれども、一件記録を精査するに、原審の判断には多くの疑問があることは被告人指摘のとおりであつて、右遺言の効力については直ちにこれを決しがたいものがある。すなわち遺言書第三項第四項を綜合すれば、遺言者の実子が出生するも、第三項によつて遺言書を書換えない前に遺言者が死亡するときは、家具、布団、家屋内にある物品遺言者の妻であつた比早代所有の物以外の物は抗告人に与える趣旨の遺言であると解することができ、少くとも右の限度においては右遺言は有効なものとも解し得るのである。またこの遺言が後の遺言により取り消されたと認めうる証拠もない。それ故かゝる場合は、前段説示したところにより、遺言執行者を選任すべきものであつて、たやすく右遺言全部を無効と判断して遺言執行者の選任を拒否した原審判は失当であるから、これを取り消すべきものである。

しかして遺言執行者の選任にあたつては、家事審判規則第百二十五条に従い原裁判所をして更に審理をつくさしめるのが相当であるから、本件はこれを原裁判所に差し戻すべきものである。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判長判事 大江保直 判事 梅原松次郎 判事 猪俣幸一)

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